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民主党は日本語も変えます [民主党]

最近「友愛」という言葉が安っぽく感じるようになったのは私だけじゃないだろう。

「障害者」→「障がい者」→「友愛者?」
「子供」→「子ども」

まだ他にも有るのかも知れないが、わざわざこれらの表記を変えたとしてどうなるのだろうか?
これで障害者の障害が軽くなる訳でもなく、子供が「良い子」になる訳でもない。

それにしても「友愛者」って…(WW
2ちゃんねる用語では「友愛する」といえばオウム事件の時の「ポアする」の意味になってしまっているしなぁ。かえって大反発が起きそうな気がする。

この調子で「使ってはいけない漢字、言葉」がやたらと増やされそうで怖い。
その内、「外国人」を「外人」と言うのは「差別用語だ!」とか言いそう。
民主党は何でこんな事ばかりに精を出すのやら。

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「障害者」→「障がい者」→「友愛者?」 新表記を大阪・吹田市が導入方針 言葉狩りの批判も
2009.12.2 11:30

 「障害者」という言葉にマイナスのイメージがあるとして、大阪府吹田市が市の文書などに新しい言葉を使う方針を打ち出し、波紋が広がっている。内閣府によると、「害」の字を避けて「障がい者」と表記する自治体は5年ほど前から増えているが、表現そのものを見直す試みは異例。「障害者と呼ばれるのは嫌ではない」といった声もあり、専門家は「行政の押しつけにならないようにするべきだ」と指摘している。

 ■言葉狩り…障害者団体から疑問視も

 障害者の「害」はもとは「さまたげ」を意味する「礙・碍」だが、当用漢字でないため「障害者」が使われるようになった。平成16年ごろから「障がい者」と表記する動きが広がり、20年度で10都道府県・5政令市(内閣府調べ)。市町村を含めるとさらに増える。

 吹田市も「障がい者」と表記してきたが、「『障害』は個人ではなく社会に存在する」として新しい表現を検討することに。10月~11月に公募したところ、「愛」や「友」の字を用いるなどした45件の応募があった。一方で、「私は障害者だが気にしていない」「言葉狩りではないか」など市の方針に反対する意見も複数寄せられたという。

 吹田市身体障害者福祉会の小西清会長(87)は「言葉を替えても体は良くならないのに、意味があるのか」と市の方針に疑問を投げかける。障害者や家族からは「障害者問題を考えるきっかけになれば」と期待する声も上がるが、「言葉を替えても偏見はなくならない」「言葉よりも先に障害児教育の施策を充実させてほしい」など、抵抗や反発も根強い。

 ■専門家「押し付けより市民“啓蒙”を」

 吹田市は「難しい問題であることは承知しており、いろいろな意見を参考にしたい」としている。市民からの応募をもとに、学識者や公募委員による検討委員会を経て、来春までに新しい表現を決める方針。

 峰島厚・立命館大教授(障害者福祉論)は「『障害者』の表現は当事者の間でも賛否が分かれるが、行政の押しつけではなく、障害者たちが自由に選択できるようにするべきだ。たんに言葉を替えるだけではなく、障害者の実態を市民に啓蒙(けいもう)することが重要だ」としている。

http://sankei.jp.msn.com/politics/local/091202/lcl0912021131002-n1.htm
http://sankei.jp.msn.com/politics/local/091202/lcl0912021131002-n2.htm
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【新国語断想】塩原経央 子ども、障がい者 漢字が悪いわけじゃない
2009.10.12 09:10

 政権交代して、新聞にやたら「子ども」の表記が目立つようになった。民主党が掲げる「子ども手当」による。筆者に言わせれば「子供」と「子ども」とは別の概念だ。小児または小児らを指すのが「子供」で、「子ども」は「子+複数を表す接尾語ども」を表す書き方だ。

 なるほど「子ども」と書いても、この「ども」に複数を表すという意識はもうほとんど薄れている。だからといって、この接尾語「ども」が完全に滅んだかといえばそうではない。野郎ども、アホども、子供どもといえば複数概念がちゃんと生きていることが分かろう。この「ども」には、相手を見下すニュアンスがある。だから、「子供」よりもよほど子供を侮った書き方なのである。

 「子ども」表記にこだわる人に、「供」はお供の供で、子供を供え物のように扱う人権無視の書き方だという人がいるが、事実は右のように「子ども」の方がよほど子供の人権をないがしろにした書き方なのだ。

 子供の「供」は当て字だから「子ども」と書くのだという人には、こう言おう。「あなたは仕事を『し事』、乙女を『おと女』と書きますか」と。

 国語表記の基本は漢字仮名交じりだ。青空、恋人、場合、芝生のような純粋和語をもあたかも漢語のように漢字2字で表す工夫をしたのは、それが最も読みやすく理解しやすいからだ。それは長い時間をかけて出来上がった先人の知恵の集積であって、おかげで現代人はその恩恵に浴しているのである。妙な理屈をこねて、国語表記を毀損(きそん)する交ぜ書きを広めることに強烈な異議を申し立てたい。

 同じような理屈で、民主党の障害者の書き方は「障がい者」である。「障害者」ではまるで“人に害を与える人”みたいではないかと、これも多分“人権派”の、ある人が思いついたものであろう。それを自治体の幾つかが使用しだし、それが徐々に広がりつつある。

 「障害」は昭和31年の国語審議会報告「同音の漢字による書きかえ」に例示された「障碍(しょうがい)」の書き換えで、その後急速に広まった表記だ。だから、筆者はこれを「障碍者」に戻すことに異議は差し挟まない。しかし、「障がい者」と交ぜ書きにすることには反対である。

 なぜなら「がい」は音声を表すだけで意味を持たない書き方だからだ。「障害者」の「害」は“そこなう”という意味を持つ。「障碍者」の「碍」は“さまたげる”という意味を持つ。漢字ならそれがありありと見える。そういう人は心身が正常に機能するのにさわりや、そこない、さまたげを持つ人と理解するのが常識というものだ。“人に害を与える人”などというのは為(ため)にする議論である。

 「障がい者」は、障害者のハンディに目隠しをする書き方であり、非障害者が障害者を見て見ぬふりをするのに都合のいい書き方とさえいえる。

 文字はもとより、人の世を映して、それを表す手立てにすぎない。人の世には善があれば悪もある。美があれば醜もある。光があれば闇もある。「供」であれ「害」であれ、決して漢字が悪いわけでない。「子ども」「障がい者」と漢字隠しをしても、問題は一つも解決しない。けしからんのは漢字ではなく人間の方なのだから。新政権はそこをよくよく考え、国語表記の襟を正すべきだ。

http://sankei.jp.msn.com/culture/academic/091012/acd0910120913003-n1.htm
http://sankei.jp.msn.com/culture/academic/091012/acd0910120913003-n2.htm
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コメント 5

ひょっとこ

実は漢字を覚えられない朝鮮人からの圧力だったりとか?
by ひょっとこ (2009-12-02 16:57) 

すけろく

erect様、いらっしゃいませ。
nice!ありがとうございます。
これからもよろしくお願いします。

>ひょっとこ様
いらっしゃいませ。コメントありがとうございます。
これからもよろしくお願いします。

あー、なるほど…
漢字を使わなくなり、ハングルしか読めない世代が増えているそうですし。

何にしても神経質になりすぎだと思うのですが。
by すけろく (2009-12-03 10:29) 

釣られクマ

また一人歩きにしか見えない件
by 釣られクマ (2009-12-03 10:50) 

すけろく

釣られクマ様、いらっしゃいませ。
nice!&コメントありがとうございます。
これからもよろしくお願いします。

ま、一人歩きで終わればいいのですが…
by すけろく (2009-12-05 14:05) 

すけろく

貴和子様、ロク様、so-cosmonet様、みかんママ様、いらっしゃいませ。
nice!ありがとうございます。
これからもよろしくお願いします。
by すけろく (2009-12-09 14:23) 

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